自由が人間に与えられた特権だとしたら
私の仕事は来られる方に自由を取り戻してもらうことだと思う。
もちろんここで言っている自由というのは
精神の自由ではなく、身体の自由だ。
オプション、つまり選択権を持つことがいいことだとなんとはなしに考えている人が多いように思う。でも、選択肢を持つことによって後悔が重なり、幸せを感じられない人も多い。
定められた運命にわき目もふらず全力で生きた偉人も多い。
選択肢を狭めるのは観念だ。かくあらねばならない。そうに決まっている。という視界の辺境化はなかなかしぶとく視界を狭める。
私は稽古によって、操法によって、身体に新たな可能性を示す。方向性を決めるのは身体だ。
どれだけ多くのオプション持つかは、その人が感受性により体得した経験である。
子供の頃の楽しかった一日。
たとえ不幸にもたった一日しかないとしても、恥じることなど全くない。
その経験だけで十分に身体を変えうる。
そして体得は実際にその場にいなくとも、今からでも間に合う。物語からや写真からでも。修練すれば体得できる。
身体に何の痕跡を残さず、つまり実際にその地に立たなくとも、世界旅行を体得すればいい。
要は行間を、隙間を生身の身体が貫けるかという問題だ。
心は一人部屋に閉じこもっても無限に翔ける。
外の世界に耳を澄まし、その世界の呼吸に乗っていく。自分から離れでばそれでいい。呼吸はあなたの呼吸ではなくなる。
自由を持つことは、試練を克服する覚悟がないとなかなか辛い。それでも袋小路に追い詰められた身体には、精神革命をしない限り、つまり近代人には自由が必要だ。
光に向かうか暗闇に向かうか、それは身体の自由だ。
少なくともあなたの意志の自由ではない。
そしてです、もちろん私はあなたが前に進めるよう全力を尽くす。
ネットで夢を追いかけている若者を見ると思わず血が滾り応援したくなる。
私はよく過去の人を語りますが、もちろん、いまを生きる人はいまを、自由を、選ばれた選択を、我が運命に変えていくパワーを持てると確信しています。
大太鼓の響きのように、地べたを裸足でドカドカと踏み締める地響きのようなパワーをあなたに!
2025/8/26 Sosuke.Imaeda
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