冬がきたら襟を立てて歩くまで

 全米バスケットボールメジャー、NABの八村塁選手があるネット番組でメジャー選手になった、その時が煌めきのピークだったと語っていた。有名になり金も名誉も手に入るとそれ相応のダークな面がその後覆い被さってくると。

 八村選手がメジャーのスターであり続けるためにそれ以後、多くのものを捨ててきたのだという苦悩が表情から見て取れた。

 少年の夢は、かなえられた瞬間に守るべきものを背負うことになり、往々にしてそれまでの晴天世界はどんよりと曇った世界に変わっていく。しかし彼は依然としてコートに一度立てばバスケットボールを少年のように楽しみ、己のスーパースターであり続けている。

 

 ハワイのクイ・リーという人がつくった”I’ll remember you”という曲を私は好きだ。1973年に聴いてからもう52年になる。

「私はずっとあなたのことを心にしまっていくでしょう」というような歌詞でとても美しい曲です。

 “remember”という単語は”not forget”という能動性はなく受動的で日本人にはとても親和性がいい。

 主人公はこれから一生あなたを心にしまっておく。そのため心からありし日の貴方を雲散霧消させないために、一筋というある種のピュアさを維持し続けるために、多くのことを捨て去り、犠牲にしていくことを無自覚に覚悟しているようで、それがまたこの曲を聴くたびに私を魅了します。

 

 野口晴哉先生は子供の頃、蝶の脱皮を観察してとても美しいと感じたと書いていらした。

 全てを捨てて生まれ変わる。ではなく、心の形を貫くために今の体を脱皮する。

 そこには多くの想定外のこと、困難がつきまとうだろうが、蝶が蝶であるために生きていくためには必然の行為なのだと思います。

 必死に、そして自然に生きていく生物の活動は、変化した蝶の姿のように美しい。

 

 何かを成し遂げたとき、人がその人であるためには脱皮が必要な機が訪れることもあるだろう。

 築いたモノを捨て去る新たな出発は決して楽なものではない。老いていく体にとってそれは時に過酷だ。

 時には立ち止まり少しだけ弱まった鼓動を確認する。

 喧騒の夏風が秋風に変わり、頬を一陣の風が横切る。

 ふと見上げると、天上に仄かに煌めく、曇天の先に薄暗くゆらめく光は、先人のものだろうか。心の奥底で呼吸し続けていく煌めきを灯し続ける力。

 

 こういうことを思う度に、生命は、体という器で生きていくだけの人生ではないなと実感する。身が実ってこその人生であると。

 

 

 世代が変わっても変わらないものがあるからこその革新である。

 

 

 そこにある種のピュアさを持ち続ける難しさ、潔さ、そしてその清涼さを感じるのです。

 

2025/9/18 Sosuke.Imaeda