この文章は2年以上前に書かれたものでweb見直しの折にメニューから外していました。ただ一定のアクセスがあるようなので再度読み直してみると当時の自分の気持ちが素直に書かれており、「動法」というものの理解の一助になると思いましたので大きくは加筆修正せずメニューに復活させることにしました(2021/11/5)

問「動法をはじめた経緯を教えていただきますが」

答「わたしが動法をはじめたのは40代後半とけっこう遅いです。当時は会社生活でも一番忙しい時期で、心身ともにかなり疲弊していました。いろいろな面で限界を感じ、自分の中にきちんと生きていくための指針を作りたいと思いだしていた頃でした。

振り返ってみれば、それまでは完全な米国的考え方で生きていました。物心ついたときか ら、テレビは娯楽の中心でしたし、育った背景にはロックがあり、スポーツがあり、仕事 面ではハーバードビジネスメソッドみたいなものが是とされました。ヒーローとかファミ リー生活はハリウッド映画や米国ドラマでみるものが、自然だと自分に投影されていまし た。

このままではいきづまるぞと思ったのが、ちょうどこの頃です。それまでにも何度かそういう状況に陥ったのはあったのですが、そろそろ限界にきたかなという時期でした。

「生きるスベとしてこのままでいいのだろうか」それは精神的にも、そして身体的にもド ーンとわたしの上にのしかかっていました。

そんな折、たまたま書店で手にっとてみた鈴木大拙先生の「禅と日本文化」が私を触発し ました。きっと英語で書いたものを日本語に翻訳したからかもしれませんが、これまでの それ風の文章とはかなり違ったかたちでわたしのなにかを刺激しました。自分は日本で生まれ育ったのに、米国流ばかり追いかけ、ちっとも日本のことなどわかっ ていなかった。脚下照顧というべきでしょうか、それから、わたしは日本文化に関するい ろいろな書物を読み漁り、これはと思った武術のDVDを何度もリピートし、茶や書などの展示会、東洋式の整体講習などにも顔を出すようになりました。

そして最終的にわたしが師としていきついたのが、公益社団法人整体協会身体教育研究所 の野口裕之師でした。野口先生が説かれた動法と内観的身体技法はわたしの漠とした疑問を即座に打ち砕きました。それは失われた過去を発見するだけでなく、新たな可能性を秘めたわくわくするものでした。

それから、わたしはその稽古に夢中になり、すでに15年以上続けています。

また、自らも未開の境地を切り開くため「動法教授資格者」の免許をいただき稽古会をや るようになりました」

 

問「動法とはどんなものですか」

答「動法を一言でいうことはとてもむずかしいですね。動法創始者である野口裕之先生の言葉をお借りすれば、日本に古来から存在した身体の動作規範ということになります。前近代の日本人が生活していく上で共通の身体規範を持っていたという仮説から動法は行わ れています。日本という自然を畏怖し、八百万の神が司るという風土の下、身体を最大限 に活用し世代を引き継いで生存を図るうえで誕生したのが動法です」

 

問「動法の魅力を教えて下さい」

答「なんといっても身体ひとつでできるということでしょう。とくに高価な道具は必要ありませんし、時と場所も選びません。わたしは24時間動法三昧の生活を行っています。稽古会でやるのはそのきっかけや手ほどきであって、実のところ動法の道場はみなさんそれぞれの生活の場そのものだと思っています。動法はマスターするにつれ、実際の生活感 が変わっていきます。生活感が変わっているということは、新しい自分に変わっていっているということと同義だと思います」

 

問「動法は何年ぐらいでマスターできるのでしょうか?

答「動法は一生続けていくもので、ここまできたら卒業というものではありません。まるで 呼吸のように、ひっそりといつでも自らに寄り添い、それは稽古を増すことにより力を増し、わたしたちの生活を豊かに彩るのです」

 

問「動法では教本といったものはあるのでし ょうか?

答「動法に教本はございません。動法はある一定の技法にたどり着けば、自らそれを壊し、 新たな技法を模索します。永続的に効果的な技法はないという立場です。ただ、そうはい っても「カタ」といいうものは重視いたします。「カタ」は写真でみてもわかりません。 それは内部に宿るものが外部に現れた姿だからです。よって「カタ」にしても実際にご自身で稽古をして身体で実感し深めていくしかありません。

 

問「動法に向いている人はどんな人でしょうか」

答「動法入門の底辺はたいへん広く、一概にこういう方が向いているとは申せません。ただ、こういったものがお好きな方と興味がわかない方がいらっしゃるというのは事実です。あえて一例出すとすると、どちらかというと好奇心が強くオタク気質な人なんかが向いているのかもしれませんね。なにかにハマるという感じで「動法」にハマっている方はけっこういらっしいいます。一方、いまの自分に満足されていたり、自信のある方はあまり興味を示されません。

 

問 「日本文化と動法との関係を教えて下さい」

答「日本文化が生んだ華が動法です。たとえばお能を例に取ってみましょう。あのスローな動きはなにを意味しているのでしょう。別に早く動けばいいじゃないというは簡単ですが、ス ローな動きでしか醸し出せないなにかがあるからこそ、あの動きになっているわけです。 お面についても同様です。なぜ素の顔を出さないのか、観客はあのお面になにを見るのか、 お能は舞台と観客と演者が三位一体となって成仏劇を演出します。その独特な空間を知識や精神で観劇するのと、身体感覚で観劇するのとではまったく違った世界が現出するのです。前近代の人々がどのようにお能を観ていたかは、身体の感覚を通してみなければよくわかりません」

 

問 「動法は閉じた世界の技法なのでしょうか」

答「動法は閉じた世界に存在しているように感じられるかもしれません。コマーシャリズムによるプロモーションなどで広げていくものではありません。わたしは動法教授者ですが、サービス提供者ではありません。動法はひとりひとりが稽古し自らそのエキスを獲得し応用していくもので、私はその道標であり、ある意味、身体思想の伝播の一翼を担っているにすぎません。ご自身で楽しみながら稽古体験を積み重ね、ご自身を変えていくものです。

 

問 「稽古会の目的はなんですか」

答「特に目標が明示的にあるわけではありません。身体教育研究所の運動に共鳴し自らを修練したいという方とともに、ひとつの分野の小グループが動法を習得すれば、その分野は変わるだろうという確信のもと、さまざまな分野の身体動作の基盤となるべく、現代の動法を作り上げ花開いていくことを願ってお ります」

 

  「動法はスポーツの一種ですか」

答「これまでの西欧を中心とした世界は勝ち負けの二局であったと思えます。動法は 三局目を重視します。勝ち負けだけではなく、そこにもう一局追加する。それだけで、世界は変わると思いませんか。ちょっと話が大げさになりました。まあ、じゃんけんと同じ ですね。「あいこでしょ」により新たな世界を創作するという立場なのです」

 

問 「動法は強者のものですか」

答「動法は弱者のものです。源氏と平家で云えば平家ですね。社会の基盤は弱者の忍んだ歴史によって支えられてきたという立場を取ります。そして人知れず人生を生ききった多くの無名人の身体動作の積み上げに支えられています。弱者の文化、困難に耐え忍ぶチカラは不屈の身体動作により活気を生まなければ存在し得ません」

 

 

  「動法の特色は多面性にあります。本内容はあくまで講師個人の動法観であり、身体教育研究所及び動法を稽古する諸先輩や仲間達が必ずしも同一見解とは限りません」